日本では、制度上、夫婦双方が話し合いによって離婚することが認められています。
調停や訴訟に発展する件数よりも、話し合いで解決されることの方が多く、また、調停や訴訟に発展する場合であっても、事前に話し合いをする方も多いでしょう。
話し合いの結果、離婚の条件がまとまらずに、その後調停や訴訟に移行することもあります。
このような場合、特に夫婦間で取り決めをしていなければ、調停や訴訟で解決されることになります。
しかし、条件の一部や婚姻費用の金額について、夫婦間で取り決めがされている場合があります。当然、裁判所の基準とは異なる内容で合意することもあります。
そうすると、調停や訴訟において、裁判所の基準よりも取り決めの方が有利になる当事者は、取り決めの内容に従うべきだと主張することが考えられます。
それでは、このような主張は認められるのでしょうか。
この点について参考になる裁判例を紹介します。
〈東京高裁 令和5年6月21日決定〉
妻が未成年の子を連れて別居を開始したところ、夫が妻に対し、
「…生活費を渡していないので振り込みます。金額は、こちらも生活する上で食材等を購入する必要があるので5万円とさせてください。」
とメッセージを送り、これに対して妻が、
「…5万円で承諾しました。ありがとうございます。私は2人分の養育費並びに慰謝料、今後私が働けるようになるまでの最低限の生活費、A(注:未成年の子)の今までの児童手当を頂けるのであればもう再構築は望みません。金額については私も分からないので、専門家と相談させて頂きます。…」
と返信し、その後毎月5万円が支払われていた。
夫は、婚姻費用を月5万円とする確定的な合意が成立していたと主張した。
原審である長野家庭裁判所・令和5年1月20日決定は、夫婦間のメッセージのやり取りが、婚姻費用についての確定的な合意であったと認定し、婚姻費用を月5万円としました。
これに対し、東京高裁は、以下のように判示して、婚姻費用の金額を月5万円とすることを認めませんでした。
『上記の経緯によれば、抗告人(注:妻)は、相手方との別居後、14日のやりとりの前日まで、相手方(注:夫)との間で婚姻費用について何ら具体的な話し合いはしておらず、前日のやり取りで相手方の離婚の意思が固いことを確認し、その時点で初めて、養育費、慰謝料、生活費等の金銭給付が話題になったことが認められるのであって、抗告人と相手方間において、相手方が抗告人に支払うべき婚姻費用について、両者の収入等を踏まえて具体的な協議がされたとは到底いえない。また、14日のやり取りも、「生活費を渡していないので振り込みます。金額は、・・・(省略)5万円とさせてください。」との提案に対して、「承諾しました。」との返信はされているものの、それとともに、2人分の養育費、慰謝料、今後抗告人が働けるようになるまでの最低限の生活費、本件未成年者の今までの児童手当をもらえるのであればもう再構築は望まないこと、金額については専門家と相談することもメッセージにあるところ、専門家ではない抗告人や相手方が別居中の婚姻費用と離婚に伴う養育費等の給付を区別できていたかも疑問がある…。』
『上記のとおりの、14日のやり取りに至る経緯、そのやり取りの内容その他の事情を総合すると、14日のやり取りによって、婚姻費用の分担額について確定的な合意があったと認めるのは相当ではなく、後に両者の収入等を踏まえて具体的な協議や審判手続等を経て婚姻費用の分担額が定められるまで、とりあえず暫定的に支払われる額について提案と承諾がされたにとどまるものと認めるのが相当である。』(下線筆者)
本件で東京高裁は、長野家裁とは異なり、月5万円という合意は、暫定的な支払いの額についてのものであると判断しました。
本件では、以下のような時系列になっています。
3月20日 別居開始
3月30日 妻より、今後どうするつもりか確認 夫からの返信はなし
4月2日 妻より、離婚する方向で進めてよいか確認 夫からの返信はなし
4月13日 夫より、関係の再構築は難しいと連絡
妻より、子2人の養育費、自分の生活費の負担をお願いしますと連絡
4月14日 生活費を5万円とする旨のやり取り
6月 妻が婚姻費用分担請求調停を申立て
裁判所は、夫婦間での話し合いが収入などを踏まえた具体的な協議ではなかったこと、婚姻費用と養育費の区別ができていたかも疑問があることなどを指摘し、夫婦間での合意は暫定的なものであったと認定しました。
一般に、婚姻費用とは、離婚成立時までの夫婦・親子間の生活費の分担をいい、その金額は双方の収入を基準に決められます。
そして、当事者間の意思として、特に理由なく本来の水準よりも低い婚姻費用額で確定的に合意することはないと考えられます。
そのため、双方の収入額を踏まえて具体的に協議をしているのか、婚姻費用がどのようなものを差しているか(養育費や財産分与等との違い)をどの程度理解したうえで取り決めに至ったのかどうか等が合意の趣旨を判断するうえで考慮されたものと思われます。
このように、調停等以前に夫婦間で婚姻費用についての何らかの合意をしていた場合、その合意が婚姻費用についての確定的な合意であったか、暫定的な合意にとどまるのかについては、どのような経緯でその合意をするに至ったのか、周辺の事情から総合的にみて判断されるものと考えられます。
どの程度の理解や情報があれば確定的な合意と言えるかは事案によりますが、上記裁判例が同種事例を考える上での参考になると思われます。
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